お前の弟アベルは、どこにいるのか(創世記4:9)

B02

三村 修 (佐渡教会牧師)

 AさんとBさんがフェリーに乗るとする。Aさんは「楽しい」と感じBさんは「うんざりする」と感じる、ということはある。感情の原因は、それぞれの内側にあり、フェリーに乗るという体験は感情の生まれるきっかけではあっても、原因ではない。

 今日、逝去者記念日の聖書日課は初めての兄弟喧嘩の物語。カインの内側に怒りの感情が生まれた。アベルがしたこと、神様がしたことは、カインの感情のきっかけかもしれないが、原因ではない。カインの感情の原因はカインの内側にある。

 過去と他人は変えられない。変えられるのは未来と自分。感情そのものをコントロールすることはできないが、今起こっている感情に対して、自分がどのような態度をとるかは、選択することができる。

 罪とは「的外れ」のこと。兄弟の間で、家族の中で、怒りのきっかけと原因を取り違えるという的外れなことを、私たちはどれほど繰り返してきたことだろう。「お前の弟アベルは、どこにいるのか」(4:9)。私が争ったあの人も、この人も、そして、争っているこの私も、神様の目には値高く貴い(イザヤ43:4)。


■この記事は2017年11月5日の佐渡教会説教要旨をもとにしています。■教会暦=降誕前8(B02)/主題=堕落/聖書=創世記4:1-10(旧5頁),詩編51:3-11(交読詩編55頁),Ⅰヨハネ3:9-18(新444頁),マルコ7:14-23(新74頁)(聖書の頁は新共同訳聖書) ■賛美=(説教前)『改こどもさんびか』15(きょうだいげんかを)/(説教後)『讃美歌21』385(花彩る春を)

|

«善悪の知識の木からは、決して食べてはならない(創世記2:17)