草は枯れ、花はしぼむが/わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ(イザヤ40:8)

B08

三村 修 (佐渡教会牧師)

 イザヤ書40章から55章はバビロンに捕囚されたユダヤ人の中の預言者と弟子たちによって、捕囚の民と、エルサレムに残っている人たち(エレミア39:10)に向かって、バビロンで書かれた。バビロンでは、家を建て、農業を営み、家族を増やすことができた(エレミア29:4-7)。「ユダヤ人にとってとりわけ切迫した問題であったのは、異民族地の地でイスラエル=ユダヤ人としての民族同一性を維持すること」(山折哲雄『聖書時代史』)だった。ユダヤ人たちを襲っていたのは無力感だ。

 12月7日に普天間バプテスト教会付属緑ケ丘保育園に米軍ヘリからの落下物事故があり、14日には普天間第二小学校にヘリコプターの窓が落下する事故があった。もし、私たちがいまさら日本政府やアメリカに対して何を言っても、何も変わらないとあきらめるなら、私たちの状況はバビロンに捕囚された民に似ている。

 古代戦争は神々の闘いでもあった。「ユダ王国の滅亡とダビデ王朝の断絶は、イスラエルの神ヤハウェがバビロニアの神マルドゥクに敗れたことを意味しかねなかった」(山折)。東アジアで軍事的な威嚇競争が続いている。それはまるで世界が大量破壊兵器という神々にひれ伏しているかのようだ。

 広島で被爆したサーロー節子さんは、倒れた建物の下で、左肩を触る手に気がつき、声を聴いたという。「諦めるな、押し続けなさい。あなたを助けてあげるから。あの隙間から光が入ってくるのが見えるだろう?そこに向かって、なるべく早く、はって行きなさい」。そして、今、光は核兵器禁止条約だという。「核の恐怖の闇夜からお互いを救い出しましょう。どのような障害に直面しようとも、私たちは動き続け、押し続け、この光を分かち合い続けます。この光は、この一つの尊い世界が生き続けるための私たちの情熱であり、誓いなのです」(12月10日、オスロ、ノーベル平和賞受賞式)。それは現代にこだまする預言者の声だ。


■この記事は2017年12月17日の佐渡教会説教要旨をもとにしています。■教会暦=降誕前2(B08)/主題=先駆者/聖書=イザヤ40:1-11(旧1123頁),詩編85:2-14(交読詩編93頁),Ⅱペトロ3:8-14(新439頁),マルコ1:1-8(新61頁)(聖書の頁は新共同訳聖書) ■賛美=(説教前)『讃美歌21』231(久しく待ちにし)/(説教後)『讃美歌21』241(来たりたまえわれらの主よ)

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